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ご挨拶

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我社は、創業以来の「クリーニング業界をサポートする機械の開発と販売」という理念を継承し、グローバル時代に自ら変革し、海外に基盤を構築する戦略を立て、全力で取り組んでいます。

1975年創業者が41歳の時、クリーニング店経営の経験を活かし、自宅横のガレージを工房に改装して機械開発を始めました。これが我社創立の原点です。当時は、機械づくりの知識や経験が乏しく、専門家に頼む資金も無かったので、自ら創意工夫を重ね、知識やスキルを蓄えていったと聞きます。当然、資金や人など経営上で数々の困難に遭遇しましたが、創業者は「最初からプロであった人などいない」と自分に言い聞かせ、いかに解決が困難にみえる問題も、決してあきらめることなく頑張り続けたそうです。

その結果、我社は1977年、初めて建てた八王子の工場で、世の中にはないワイシャツ仕上げ機を開発することに成功しました。この機械は国内展示会で大きな評判をいただき、我社は業界で注目されるメーカーになりました。そして、良いディラーとの出会いのおかげで、全国に販売網を構築することができました。

さらに、1988年英国での展示会出展を皮切りに海外進出がスタートし、1993年米国シカゴに支店を設立、続いてその他の海外市場開拓に注力した結果、国内と海外の販売比率が逆転する輸出主導型企業となりました。
こうして我社は「日本で開発生産し、世界に販売していく仕組み」に支えられたビジネスモデルで、業務用仕上機包装機を大量生産大量販売して成長を続け、2008年4月には創業30周年記念式典を挙行することができました。
しかし、同年秋に起きたリーマンショックは、我社にこのビジネスモデルからの脱却を迫り、我社では労使一体となって身を削る必死の取り組みを続け縮小均衡を目指すことになりました。

厳しい努力を続けながら、我社はタイ現地法人、SANKOSHA(Thailand)Co.,Ltd(通称STC)の立ち上げと中国企業とのOEM契約という新たな二つの海外拠点を展開しました。この生産体制で、生産機能の一部移転や廉価品市場の再開拓を目指し「日本で開発し日本とタイ、中国で生産して、世界に販売する」という新しい仕組みに舵を切りました。

このビジネスモデルへ踏み切った頃、国内で新政権が誕生し、為替が短期間で円安に大きく変動したことが幸いし、我社の業績は順調に推移する好循環のサイクルに入っていきました。この間フィルム会社を再建した三幸社フィルム&サプライも順調に成長を遂げました。
好循環のサイクルに入った我社ですが、我社を取り巻く環境には、色々な点で変化の兆しが現れています。ISO認定を受けたタイ工場では確実に品質を向上させています。タイで生産した創業期の我社代表製品の復刻版は想定以上の利益が出せるレベルに達しました。これは「本社工場神話(=日本神話)」というこだわりや思い込みをやめる必要があることを意味しています。

また、順調な北米市場の主力販売先は韓国系からアングロサクソン系、ユダヤ系に変わっています。為替の円安は輸出販売で我社にメリットを与えますが、一方では原材料の高騰という形でマイナスです。今後為替の変動が起きた場合、それが我社にもたらすインパクトに備えておく必要があります。日本では2017年の東京オリンピック特需以降がどうなるのか。また、中国経済の動きも不透明です。
このように色々な変化を踏まえた時、好調の今こそ現状維持に甘んじること無く、社員ひとり一人が危機感をもって「自ら自分を変えていくこと」変化のための研修や教育を受けて、「仲間と共に組織で効率を上げる企業文化をつくりあげていくこと」に真剣に取り組む覚悟が求められます。

我社は創業者夫妻が第一線を退き、三幸社ホールディングスを設立し、第二創業への移行期に入りました。
創業家から10年かけて事業体を切り離すプロセスが始まりました。
我社は、世界人口の1/2を占めるアジア市場で評価されるものづくりをベースに、2017年の創業40周年、さらにその先の100年企業を目指して力強く歩み始めました。

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